天空の城 郡上八幡城
城山からの眺望
城山公園の桜と郡上八幡城
郡上八幡城の石垣と新緑
サツキと郡上八幡城天守
新緑の郡上八幡城
堀越峠から郡上八幡城を望む
紅葉のもみじと白亜の天守閣
郡上八幡城もみじ庭園ライトアップ
八幡城と昼の月
雪の郡上八幡城

郡上八幡城は戦国時代末期の永禄2年(1559)、遠藤盛数が砦を築き、稲葉貞通、遠藤慶隆の興亡を経て大普請され、寛文7年(1667)、6代城主遠藤常友の修復によって幕府から城郭として認められるに至りました。
その後、井上氏・金森氏が相次いで入部。宝暦騒動で金森氏が改易された後、丹後国宮津藩から転封した青山幸道によって殿町に居館が築かれ、旧二の丸は本丸、旧本丸は桜の丸・松の丸に改められました。
明治4年(1871)の廃藩置県とともに廃城となった城は、翌年から石垣を残してすべて取りこわされました。現在の城は、昭和8年(1933)、当時の大垣城を参考に再建され、木造4層5階建の天守閣等は郡上市重要文化財に、一帯の城跡は県史跡に指定されています。

郡上八幡古絵図

再建から80年を超える木造天守はもちろん、春の桜、初夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪化粧など四季折々の表情を見せる郡上八幡城をお楽しみください。

岐阜県・奥美濃の天空の城 郡上八幡城

朝霧に浮かび上がる八幡城が【天空の城】として話題となった、郡上八幡城のイメージポスター【積翠城の夜明け】。

各種メディアにも取り上げていただき、また、第64回日本観光ポスターコンクールでは、本審査入賞とはなりませんでしたが、オンライン投票部門で<5位>に入賞いたしました。

郡上八幡城イメージポスター 【積翠城の夜明け】

凌霜隊の足跡を辿る~塩原・会津若松~

150年前の戊辰戦争で、青山家の家紋”葉菊紋”のもと「真の勤皇」を掲げ、幕府への「義」を貫いた郡上藩 凌霜隊(りょうそうたい)の足跡を辿って、栃木県の那須塩原温泉と、福島県の会津若松を訪問してきました。

 

当時の郡上藩では、国元(郡上)と江戸藩邸で 薩長につくか?佐幕か?と藩論が割れる中、江戸藩邸で結成された「凌霜隊」は、江戸無血開城の前夜に江戸を出立し、会津を目指しました。

弱冠17歳の朝比奈茂吉を隊長に45名からなる凌霜隊は、新政府軍との戦闘を繰り返しながら、会津西街道を北上しました。

会津藩に正式に属した凌霜隊は、塩原の駐留などを経て、会津戦争の重要局面「鶴ヶ城の籠城戦」では、日向内記の指揮する白虎隊と共に西出丸の守備を担当し、最後まで戦い抜きました。

 

そういった経緯から、会津 白虎隊の聖地・飯盛山には、【郡上藩 凌霜隊の碑】が建てられています。

(昭和59年に、郡上八幡ライオンズクラブや会津磐梯ライオンズクラブのご尽力で建立)

 

まだまだ広く知られていない「凌霜隊」の歴史物語。 一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。

●こちらに凌霜隊の概要をまとめておりますので、ぜひご覧ください!(クラウドファンディング「凌霜150プロジェクト」)

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/83532

 

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